液中微小液滴の静電搬送を利用したマイクロ化学リアクタの開発

キーワード:微小液滴,静電搬送,マイクロ化学リアクタ,Lab on a Chip,コンビナトリアルケミストリ,µTAS,DNAチップ,マイクロケミカルリアクタ


はじめに

 本研究は,互いに不活性な液体中にあるサンプルや試薬の微小液滴を静電搬送により操作して,衝突・合体させ,そこで化学反応を起こさせることを利用したマイクロ化学リアクタ(マイクロケミカルリアクタ)の開発を目的としている.

 近年,MEMSや微細加工といった技術を医用・化学分野に応用した”Lab on a Chip”の研究が,盛んに行われている.これは,化学反応・分析装置を小型化・集積化し,1チップ上で行わせるものである.しかし,従来の方法においては,チップ上に微細加工により施したマイクロチャンネルに溶液を満たしており,デッドボリュームが大きくなってしまう.また,マイクロポンプやマイクロバルブといった要素の開発・集積化も困難な問題である.

 一方,本研究の方法では,溶液は必要量を微小液滴として扱うために,サンプル・試薬の量の低減化や,それに伴う反応時間の短縮,コストの低減化,などといったメリットが見込まれる.さらに,これらの微小液滴は,互いに不活性な液体中で操作されるため,空気中で問題となる蒸発・コンタミネーションといった問題を回避することができる.また,微小液滴は,表面に電極をパターニングした基板上で,静電気力を用いて,独立,かつ2次元的に操作することができるため,ポンプやバルブといった流体要素は不要となり,デバイスの構造を非常に単純化することができる.この方法を用いて,図1に示すように,同一基板上で同時に,複数の化学反応を起こせるため,コンビナトリアル・ケミストリ用Lab on a Chip デバイスに応用することも可能である.

 微小液滴の静電搬送の原理と,各種電極デバイスを用いた液滴の搬送実験,さらに,各種の試薬の液滴を用いた,化学反応実験についての結果を以下に述べる.

図1 コンビナトリアル用”Lab on a Chip”デバイスの概念図


微小液滴の搬送原理

 図2に微小液滴の静電搬送の原理を示す.基板上には平行電極列やドット形電極が形成されており,絶縁体で被膜されている.基板上の,互いに不活性な液体(油など)中のサンプル・試薬の微小液滴は,各電極に順次電圧(図では6相矩形波:++0−−0)を印加してゆくことで搬送される.

(a)概念図(b)電圧印加パターン
図2 微小液滴の静電搬送の原理

実験装置 −各種電極デバイス−

 実験には,基板上に3相もしくは6相の平行電極を持つデバイスと,9相のドット形の電極を持つデバイスを用いた(図3,図4).3相/6相平行電極デバイスはポリエステル(厚さ300µm)の基板上に導電性ペーストをシルクスクリーン印刷したものである.9相ドット電極デバイスは,ガラスエポキシ基板の4層構造になっており,各電極は3次元的に配線されている.実験の際には,電極間の放電や溶液の電気分解を防止するため,表面に絶縁膜としてポリプロピレン(PP)フィルム(厚さ90µm)を貼った.

 3相/6相平行電極デバイスの電極の寸法は,電極幅0.2mm,ピッチが0.5mm,0.75mm,1.0mm,2.0mmであり,9相ドット電極デバイスは,電極幅が0.6mm,ピッチが1.0mmである.特に,ドット電極デバイスを用いることで,基板上の液滴を,個別に,かつ二次元的に操作することができる.

3相平行電極デバイス6相平行電極デバイス
図3 平行電極デバイス

9相ドット電極デバイス拡大図
図4 ドット電極デバイス


搬送実験

 9相ドット電極を用いた実験の動画を図5に示す.液滴はインクで着色した水で,体積が1µlであり,植物油の中にある.電極の寸法は,ピッチが1.0mmで,電極幅が0.6mmである.今回の実験では,印加電圧として,6相矩形波:+++−−−,400V0-p,1サイクル−1Hz で行った.左側の液滴がある列にのみ電圧を印加することで,右側の液滴は止めたままで,左側の液滴だけを搬送させることができる.このように,ドット形電極を用いることで,各液滴を個別に操作することができる.

図5 9相ドット電極による微小液滴の静電搬送実験


合体による化学反応

 各種の化学溶液の微小液滴を操作して,衝突・合体させることで,合体した液滴中で化学反応を起こすことができる.ここでは,その例として,フェノールフタレインのアルカリ化呈色反応,ルシフェリン−ルシフェラーゼの酵素反応についての結果を示す.

 前者については,ドット電極デバイス上で行った(図6).図6(a)で右側の液滴がNaOH水溶液であり,下側がフェノールフタレイン溶液の液滴である.中央の縦の列と,横の列に同時に電圧を印加することで,2つの液滴を列の交差点に集めることができ,これにより合体し,呈色反応が起こることを確認した.

 後者は,6相平行電極デバイス上で行った(図7).図7(a)で,左側にはルシフェラーゼの溶液の液滴があり,右側にルシフェリンとATPの混合溶液の液滴がある.進行電界が右方向に進むように順次電圧を印加することで,ルシフェラーゼ溶液の液滴を右方向に搬送し,両者を合体させ,酵素反応を起こし,ルシフェリンの発光を確認した.

(a)反応前(b)反応後
図6 フェノールフタレインのアルカリ化呈色反応

(a)反応前(b)反応後
図7 ルシフェリン−ルシフェラーゼ酵素反応


関連項目


参考文献

[1] Tomohiro Taniguchi, Toru Torii, Toshiro Higuchi, "Micro Chemical Reactor in Micro Droplets - Electrostatic Manipulation of Micro Droplets -", Proceedings of ISMM2001, pp. 104-105
[2] 谷口,鳥居,樋口:「液中微小液滴の静電搬送を利用したマイクロ化学リアクタ」,第4回化学とマイクロシステム研究会 講演予稿集,p. 61

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Higuchi Lab.